
雪崩の危険は、「雪崩地形」「不安定な積雪」「人と施設」という3つの要素が揃うことで生じます。この概念を図示したのが <アバランチ・ハザード・トライアングル>です。この三角形は、雪崩のリスクをマネジメントする上で、もっとも重要な考え方であり、入門講習会からプロ講習会まで、繰り返し提示されます。たとえば、積雪が不安定であっても、雪崩リスクのある地形を外していれば、雪崩の危険は生じませんし、山岳は雪崩について安全な場所を併せ持つものです。以下、トライアングルを形成する3つの要素について簡略的に記します。
<雪崩地形>
雪崩地形とは、雪崩リスクがある地形のことです。山を眺め、そこが雪崩地形であるか否かを認識することは、リスク・マネジメントの第一歩であり、最も大切なことです。ルート・ファインディング、休憩場所の選定、ピット作業などにおいて真っ先に考えます。
典型的な雪崩地形である<雪崩道>は、雪崩が起こる<発生区>、雪崩が流下する<走路>、そして雪崩が止まる<堆積区>を持ちます。発生区の見極めは、斜度、風の影響、斜面形状、植生、日射などいくつかの視点を使うことで認識することができます。特に、斜度は重要であり、面発生雪崩は斜度が35~45度の間に集中しています。それゆえ、積雪が不安定な傾向を示す時や、不安定性の評価が不得意な人は、斜度を30度以下にすることで、大きくリスク軽減できます。
地形は経験が浅い人でも認知しやすい面を持ちますが、その一方で、積雪の安定性が場所による多様性(強度等のばらつき)を持つことを適切に理解するには、フィールドでの経験と十分な知識が必要となります。つまり、雪崩地形の取り扱いは、間口が広く、奥が深いのです。
また、小さな雪崩でもそのリスクを大きくする<地形の罠>には、特に注意が必要です。たとえば、滑り始めはよくても、その沢が狭く深くなっているなら、小さな雪崩でも雪が中央に集まり、深く埋没する原因になります。斜面の先が崖である、開放斜面の下部の斜度が変わらず、いきなり樹林帯になっている(雪崩れると人はパチンコ玉のように木に激突)などです。
<不安定な積雪>
積雪の不安定性を考える上で、重要な概念が3つあります。一つは、グレーの濃さでイメージすること。二つ目は、情報・根拠を適切に統合し、組み合わせて考えること。三つ目は、考察は継続的に行うことです。
滑走する人にとって、ある斜面が雪崩れるのか否かは最大の関心事と言えますが、○か×、白か黒といった二者択一型の思考から離れ、どのようなグレーの濃さにあるのか? といった視点を持つことが大事です。JANのガイドラインで規定され、「雪の掲示板」にも利用されている5段階の安定性区分において、その両側(Very GoodとVery Poor)は、安定性(もしくは不安定性)を示す証拠がはっきりでますので、経験の浅い方でも認知がしやすい面を持ちます。たとえば、Very Poorであれば、自然発生の雪崩を多数観察するでしょうし、ワッフ音やシューティング・クラックなどの分かりやすい兆候があり、テストでは明快な結果が出ます。一方、Very Goodであれば、雪庇を落とすなど大きな刺激を加えても雪崩は起きませんし、スキーカットなどにも積雪は反応しません。ただし、こうした明快な判断ができる領域は狭く、中央にあるFairの範囲が広くなる傾向があります。また、一般的なイメージと異なり、雪崩事故は安定性がとても悪い時ではなく、中間域にある時に多く発生しています。
積雪の不安定性を考える際は、フィールドで集められた複数の証拠を使って、それを整合性ある形で統合させなくてはなりません。ジグソーパズルのように組み合わせる情報には下記の三種類があります。
クラス1データ: 積雪の不安定性を教えてくれる直接的な証拠で、最も重要度の高い情報となります。真新しい雪崩、スロープテスト、積雪内から聞こえる音(ワッフ音)、シューティング・クラックなどです。真新しい雪崩があった斜面と類似性ある場所(同じ標高・方角・地形形状など)では、積雪は限界に達していると考えられます。ワッフ音は、シール登行しているだけで、あなたの体重が積雪内の弱い雪を壊している、ということです。大きな斜面、斜度のある斜面を避ける明らかな兆候(自然のサイン)です。同様に、斜面に入ろうとしたら、足元からクラックが入った、という現象も、積雪が限界に達している明らかな証拠です。スキー場において管理のために爆発物を投げた結果や、雪庇を落とす、テスト斜面に勢いをつけて滑り込むスキーカット、といった、斜面に対して大きな刺激を加えることも、クラス1データに含まれます。
クラス2データ: 層構造、雪質、粒度、各種の安定性テストなど、積雪に関する情報です。このデータはやや曖昧さを持つようになります。「たぶん・・・」とか「もし・・・なら・・・」という表現で語られます。大事なことは、決して一つのテスト結果から斜面全体の安定性を判断しないことです。どのようなテストであれ、その局所における安定性についての情報を一つ、提供してくれるだけです。
クラス3データ: 降雪、風、気温などの気象要素です。これは、よりファジーな傾向を持つデータとなります。言い換えれば二面性が現れます。たとえば、降雨は数時間という短い時間スケールでは大きなマイナス要因ですが、一週間という長さになれば、安定要因として働きます。一つはっきり言えることは、強い形容詞が付く気象現象は、積雪に対して明らかなマイナス要素ということです。たとえば、短時間での大量の降雪、強風が長時間継続して吹く、数時間内での急激な温度上昇といったようなことです。
最後に「不安定性の考察を継続的に行う」とは、滑りたい斜面に着いてからピットを掘っても遅い、ということです。山に行く前に天気予報を聞き、大きな全体傾向を想像し、ゴンドラに乗っている間に周囲を見回し、風が吹いたか、真新しい雪崩がないかを観察し、さらに登っている途中に足元からの音に気を配り、適当な場所でピットを掘り、適当なテストを行い、徐々に積雪安定性の確信を高めていくことが重要です。また、同じ山域に継続的に入るのであれば、それを続けることで、安定性が変化してくトレンドを理解することもできるようになります。ある注目すべき弱層が、依然として不安定性を示しているのか、それとも安定化傾向にあるのか、見極めるのです。
<人>
自然のハザードレベル(危険度)が同じであったとしても、人の判断・選択肢でリスクは変動します。ある選択肢では、ある種のリスクが高くなり、逆にある種のリスクが低くなる、という二面性があるかもしれません。また、ある選択肢では、リスクを全体的に大きく下げることが可能かもしれません。グループのスキル、経験、各個人が引き受けられるリスクの大きさによって、どの選択肢を取るのかは変わってくるはずです。
積雪の不安定性評価であれ、ルート・ファインディングであれ、どのような判断においても、そこには必ずヒューマン・ファクター(人的要因)が忍び込みます。一般的に「経験」は適切な判断を導くために重要であると考えられており、実際その通りですが、また一方で、不適切な行動を繰り返すことで形成された体験的習慣は、時に大きな事故の要因となります。特に、雪崩地形とグループ・マネジメントが妥当な範囲で一致していない場合、事故は大きくなる傾向があります。
写真は疎林内にある雪崩走路を通過する時の写真ですが、リスクが上がる場所において、何かしらのリスク軽減策を取る習慣を付けることが大切です。「○○m、必ず間隔を開ける」といった杓子定規な考え方ではなく、その時の自然コンディションに合わせて、妥当と思われる範囲で何かしらのリスク軽減策を取るということです。それが良い行動習慣を作ることになりますし、たとえ事故があったとしても、それを小さくすることにつながります。
また、古くから言われているように「雪崩は、あなたがエキスパートであることを知らない」のです。しかし、人は自身の安定性判断のスキルについて過大評価する傾向があります。特に高い滑走技術や体力がある人に、その傾向があることが指摘されています。ですから常に、自分の感覚に対して健全な懐疑の視点を持ち、根拠に基づいてハザードを評価するようにしてください。